千穐楽

終わりました。
終わってしまいました。
「明日の幸福」
熊本にて無事に千穐楽を迎えました。

昭和29年に新派が初演した「明日の幸福」
翌年の30年に初舞台をとレコードデビューした私はすぐ「明日の幸福」の再演に起用されました。
勿論、一番若いお嫁さんの役、富美子です。

その時、母は、恵子役。お婆ちゃまは花柳章太郎先生。
お爺ちゃまは、小堀 誠先生。
お父さん、寿敏役が、伊志井 寛先生。
そして若旦那さま、富美子の夫役に、花柳 武兄イ。

それから、何度も何度も再演されて、、、、
母がお婆ちゃま役に。私が恵子役に。
若嫁に久里子さんが、、、。

数え切れない再演の時、寒い時の演舞場。
初日。作・演出の中野 實先生が、監事室で脳溢血でお倒れに。
そして、そのまま帰らぬ人となられた。

後を受けて、再演を重ねてくださる石井ふく子先生は、絶対に監事室にはお入りにならない。

「ヨシぃ、若尾さんのお婆ちゃまやってくれる?」
勿論喜んでハイとお答えして、今回の公演が決まった。

良い家族だった。映画時代に仲良くして下さった若尾先輩とご一緒するのが、嬉しかった。

初めての読み合わせの時、「ヨシエチャン」って呼ばれて、鳥肌立つほど嬉しかった。

稽古が進む内に、いつしか「八重子さん」に変わって淋しかった。

私も困った。映画時代から、若尾さんは「若尾ちゃん」だった。
無論、面と向かって呼んだわけではない。

まさか、若尾ちゃんとは呼べっこない。若尾さん、、、では空々しい。
かと云って、若尾先生では嫌味に聞こえる。
そうだ、撮影所で私はずーっと後輩だったんだから、若尾先輩にしよう!

何度か「若尾先輩」「先輩」って云ったら「貴方の方がズッと先輩でしょ?」
「え?な、何が?」
「舞台は、貴方の方がずーっと先輩!」


何度も、数え切れないほど「明日の幸福」の千穐楽を迎えている。
この「松崎家」の家族、使用人、すべて解散する千穐楽だ。
淋しいと思った事など1度もなかった。

芝居の中の「松崎家」の解散。新派と云う家族が解散する訳ではなかったからだ。

しかし、今回は違った。
石井ふく子先生の元に作られた「松崎家」
千穐楽は、、、、、淋しかった。初めての想いだった。

あの、素敵なお爺ちゃまは消えて、カッコ良い西郷輝彦さんになっちゃう。
息子の寿敏も消えて、ケーナ奏者の田中 健さんになる。
可愛い孫夫婦も別れて、ナイスガイの丹羽貞仁さんになり、京野ことみさんになる。

美しくて眩しい嫁さんが消えてしまうと完全に「松崎家」は夢と消える。
不思議な事に、若尾さんって、何にもしなくても、そこに居るだけで恵子だった。
存在する事で、もう総て演じるんではないリアルな存在になるって凄い。

勿論、若尾先輩の存在有ってこその明日の幸福の恵子なんだけれど、
恵子イコール若尾文子イコール明日の幸福。
その作り手は、石井先生の魔法なんだって思い当たった。

総ての役は魔法から解き放たれて、
作り手の手から離れてこぼれて、散って行く。

そんな風な、こんな風な、淋しさを初めて味わった千穐楽だった。

千穐楽_d0071099_22214551.jpg



お疲れさまでした。
by funny-girly | 2012-09-03 22:22

水谷八重子 タワゴト

by funny-girly
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