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心ボソっ

パソコンは「おんなの敵」
マッタクそう。

面白い、ふーん アラそう、、、ってんで、簡単に検索。
そして、次々に検索。

ふと思う。
「私、何でパソコン開けたんだったっけ?」
もう6時間は経っている。

その、そう!その6時間、鏡に向かっていなくてはいけないんですよ!
女優なんですからね。
ハイ、お年ならなおさら、そうしなくてはいけないんですのに。

メールからブログ。ついついTwitter。リュウさんのホームページもチェックして。

あ、そうだったんだ。頼まれた原稿を書くためにパソコン立ち上げたんだっけ。。。。。

記憶が頼りなくなって、記憶の箱と思って始めたパソコン。
パソコンに入れたら安心して、私の脳内からは削除されてしまう記憶。

ああああパソコンの開け方、分かんなくなったら、どーしよー。
by funny-girly | 2011-01-23 12:27 | 何でしょネ | Comments(8)

駄目なヤツ、、、私

駄目な私。
ま〜だお年賀状の整理が着いていません。

印刷でも、いっぱいご家族だよりが書いてあると、フムフム、時の経つのが早い。
あの赤ちゃんがもう子供になって、、、。とか、アラ、もう一人増えたのね、、、とか。

ダーーメですね私。

安部 潤さんとの音楽打ち合わせは迫って来るし。
2月4日(金)急に山本 學さんとやることになった「LOVE LETTERS」も、スムースに読めるようにお勉強しなくてはならないし、、、。

まずそれには、、、生涯最高の体重になってしまった私をどうにかしなくては、、、。

ジムの予約をしてたんですよ。お正月からネ。
風邪がどっかに残ってて、ゴボゴボって咳が出る。
頑張ったらヤバイ。肺炎になる。なったらヤバイ。なったら死ぬかも。まだ死にたくはない。
ってんで、ジムの予約をキャンセル「お大事に」。
と、これを繰り返した報いが今、巨大な「オミニク」と育ってしまったんです。

さて、、、、頑張りますか、、、その前に、ちょこっとネコちゃん達の様子を見て、、、
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by funny-girly | 2011-01-22 14:36 | 何でしょネ | Comments(3)

乞う ご退院

いっぱい、本当に、いっぱい、お年賀状を頂きました。
大きな束を抱えて、嬉しい、楽しい、懐かしい方のもあったりして、ただ読み捨てには出来ません。
私の方からもお出ししているのかしら?もしも、うっかりしていたら、、、と、パソコンの住所録と照らし合わせたり、、、。

もう!まったく!BOOOOぅ!
こんな時に、パソコン壊れるじゃありませんか。
大きなデスクトップ、、って云うのかしら?
ともかく抱えて、銀座のリンゴハウスに、、、。
入るなり、リンゴマークのTシャツのお兄さんがすっ飛んで来てくれて、サッと荷物を持ってくれた。

天才カウンターの親切印のお兄さまがいろいろやってみて下さったあげく、結果、ただ今部品が無くて、入院ってことに。

まあ、手元にマックブックが残ってるから良いようなものの、、、。
親切印はあくまで親切。デスクトップでしていた作業がブックでも出来るように、設定までしてくれた。

でも、使い慣れた大きな画面じゃないので、なかなか作業がはかどらず、不義理しているのでは?
と不安になる。

と、まあ、そんな、こんなで不義理しているかも知れません。
ああ早く退院して下さい。私のマック君。

パッド君のためにやっぱり爪を短くしましょうか?
アイフォン君はとうとう目覚ましになりました(私、自分の肉球を上手く使えない)トホッ
by funny-girly | 2011-01-14 00:06 | 何でしょネ | Comments(11)

オ シ ョ ウ ガ ツ

2010年の23時20分に着いて,車を止めて、23時30分に本堂の所定の位置に着きました。

お坊さまが、あらかじめ席を取って置いて下さった場所に座る。待つこと30分。
0.00分、きっかり元朝護摩の儀式は始まりました。

暦的に観ると、私は今年「八方ふさがり」なのだそうな。
同じ星回りの青井陽治先生とご一緒に方避けをした方がよいとなり元朝護摩を申し込んだ次第なのであります。

導師さまを迎えて、外の喧噪が信じられないくらいの静けさになった。
お手元のいろいろな物のふたを取ったり、大きなお箸のような棒で器の水を附けたり。
お手元の数珠を金のぉ、、、名前忘れた、手に中に入るバーベルみたいな、
ホラ、両方が籠みたいになってるヤツ。それで数珠を擦る、小さな音。
密やかに密やかに始まったのだ。

お手元の、ベルを振る。
「ちーーーーん」何とも美しい音色であった。

そうこうするうち、頭のそり跡も青々しい若い僧が、大太鼓にバチを振り上げた。
ど〜〜〜〜〜ん  オナカの中身全てが揺るがされる。
ド〜んど〜んどど〜〜んと身体中に響き渡る。
大太鼓の音は身体中に、、イヤそんな生易しい物ではない。
腸が、胃袋が、背中が、鼓膜が、ビビリまくる深い音。

そしてホラ貝が加わった。
深川の喧噪も、お参り客を整理するお巡りさんのスピーカーも別の世界にと消えていった。

と、そのころすでに導師さまの前には美しい炎が天井を焦がしそうになっていた。

お坊さま方の力強いコーラスの中、お願いしたお札が次々とお坊さま達の手で炎にかざされる。

ノーマクサンマンダーバーザラダンセンダーマーカロシャダーソワタヤウンタラターカーマン

ずっとズーーーーットその祈りが繰り返される。深く深く深〜く繰り返される。
別世界。うーんまさしく別世界。その別世界と現実を繋いでくれるお札なのだ。


母の健在なとき、、、川口アパートメントに住んでいたときからだから、
もう、何十年、ここに通ってきていたのだろうか。
ひょっとして赤坂に住んでいた時からだったのかも知れないが、、、。

母は、大晦日の夕方から、必ず、麻雀の卓を囲んだ。

母の一番尊敬していた喜多村録郎先生の未亡人、通称「バンバ」
耳鼻科で母の生涯の主治医だった「杉村先生」
文学座なのに喜多村録郎先生の孫、、って訳で新派の演出家の戌井市郎先生。
そして二抜け(誰も抜けたがらないけど)に明治座の営業にいた「山戸さん」
と、それに母、、、芝居は美味いけど、麻雀は酷い、母だった。
このメンバーは、ネンマツの恒例行事として何十年間も母のオモリをして下さった。

隣の私の部屋では、もうひと卓、乱暴な若者麻雀が開かれていた。
市川翠扇お姉ちゃんは「あんなスローなマージャン出来ないよ」といつも若者入り。

11時30分を回る頃、久里子が遠慮がちに迎えに来る頃に年越し蕎麦が出来上がる。

負けた人はブーブーと云いながら蕎麦をすすった。
勝った人は居丈高にズルーーーっと啜った。

それから、みんな揃って、それぞれの車に乗り分けて、深川に向かったり、帰ったりした。

一体、何十年続いたのだろう?深川不動さまの初詣(?)は。

1979年10月1日、母が亡くなった年でも、鳥居を潜ってはいけないってことで、鳥居の端を横ばいになって通った。
無論、母のメンバーも「偲ぶ八重子麻雀だ」と集まって下さって母の代役を、私がこればかりは母の何十倍も立派に努めた。

山戸さんが逝き、喜多村未亡人バンバさんも逝き、杉村先生の診療所も息子さんに代替わり、とうとう暮れに戌井先生が逝ってしまわれた。

とうとうこれで、大晦日麻雀メンバーがどなたもいらっしゃらなくなっちゃった、、、
だが、まてよ、なーんだ。あっちの方で全員「そろったぁ」って喜んでるんだわ。

まず、美味しい和菓子などで、お茶を飲んで、、、話に花が。
母は、相づちを打ちながらも、早くやりたくてイライラを隠せない。
そんなことを想像したら、やたら楽しくなっちゃった。

戌井先生、さぞかし皆さん、お待ちたんでしょうよ。
あちらの世でもこちらの世でも、メンバーが1人足りなくて待つマージャン。
イライラしますものね。

マミー、良かったね。又大晦日の麻雀メンバーがやっとそろって。

お札を頂いたら、町は新しい年になっていた。

        おめでとうございまーーーーす、みなさん。

    
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by funny-girly | 2011-01-03 12:42 | | Comments(15)

水谷八重子 タワゴト


by funny-girly