水谷八重子 タワゴト

by funny-girly

<   2014年 06月 ( 1 )   > この月の画像一覧

大阪で思い出す。。。

6月になりました。

5月で、その役目を終えてしまったSTB139を、
大阪の地で思っています。

数々の思い出を作ってくれたSTB139。
大阪の宿で、馬鹿な私は自分のブログを読んでいる。
そうしたら急にSTBに会いたくなってしまった。
一番古い思い出って何だったんだろう、忘れてしまっているけれど。

石井好子先生の84・5才のお誕生日コンサート。
客席から、84・5才の先生が颯爽とステージに。

客席からステージに架けられた3段の階段を、
先生の中ヒールの格好いい細い足がトントンと軽く上がっていらした。
余りの美しさに、ゲストで呼び上げられた私は、
トトトントントンとバランスを崩して、まあ、カッコ悪かった。

それ以来、STBの3段階段は、苦手になった。
その石井階段も、もう何処にも無い。

胸をドキドキさせながら、リュウさんの歌を聴きに行ったっけ。

STB139で唄おう!って決意したのもこの時だった。
リュウさんの事務所の寺島さんに出会えてから、唄おうって冒険に火がついた。
そして、増崎さんとの出会い。安部さんとの出会い。

増崎さんにはいろいろと教えられた。

「唄う!」ってことは、私にとって大冒険だった。
{良重}の名前を捨てて以来、八重子になってからまるで唄っていなかった。

冒険の始まりは、経験のあったディナーショーだった。
これまでサポートしてくれるバンドはみんな「良重ちゃん」って呼んでくれる世代だった。

ジョージ・川口さん&ビッグ4とはどんだけ世代の開きがあっただろう。
増崎さんのギターが眩しすぎた。恐れさえ感じていたっけ。
泣きそうに心細かった。

いよいよ時間が来て、さあステージにって云うとき、
増崎さんがメンバーに力強く云った。

「なにがあっても、歌について行くぞ!」

100万の味方に囲まれた気がした。
このお陰で私の「唄いたい病」に油を注いじゃったんだけれど。

その結果、初めてSTB、いわゆるライヴハウスに挑戦したくなった。

私にとってライヴハウスも、ディナーショーの延長だった。
それしか知らなかった。

格好良くって必死に突っ走って唄ってた私。
歌詞を間違えても体裁を整えていた私が、
MCで「間違えちゃった」ってことを喋った。

ギターを抱えて増崎さんがマイクに云った。
「間違えたらやり直しましょう!」

私が「ま、良くあることですので」

増崎さんががんとして云った。
「いえ、やり直しましょう!」

私も意地になって云った。
「じゃあ、2コーラス目だけ」

お客さまは増崎さんの味方だった。

そーなんだ、ここはライヴハウスなんだ、生なんだ。
お客さまと一体になって、今、ここを楽しむんだ。
生って今を生きるって事なんだ。

増崎さんにそんなことを教えられたSTB139だった。

増崎さんとはそれが最後だった。
「ピーヒャラピーヒャラ」のBBQの復活で忙しくなってしまったからだ。

それ以来、ピアノの安部 潤さんをてんてこ舞いさせている。
口数のメチャメチャ少ない安部さんが要をしっかりに議ってくれている。

最愛のライヴハウスを失って、私は次なる冒険を決意した。
恐れを知らぬこの冒険に安部さんも付き合ってくれる。

d0071099_091768.jpg
d0071099_083259.jpg

d0071099_012179.jpg
d0071099_0112791.jpg

d0071099_013673.jpg

d0071099_0123572.jpg

d0071099_0135332.jpg


さようならSTB139.思い出をイッパイありがとう!
by funny-girly | 2014-06-03 00:23 | Comments(8)