私のドクター パート1

我がドクターはみんな忙しい。
患者が多いだけではない。
患者を引き取って面倒をみているのだ。

茶トラの「トラちゃん」の掛かり付けの、
「のりこ動物病院」はいつも一杯の患者さんだ。

診察室に時折、ちょこまか、頼りない足取りで、
小さなテリアが出てくる。
先生が「チョコちゃん、端に寄っててよ、
踏まれると危ないから」
チョコちゃんは「クスン、コホコホ」と
咳をしながら、トラの治療中の 先生を見上げる。
大きな目が真っ白だ。

「爺さん、17歳なのよ。目は見えない、耳も聞こえない、
毛もほとんどマバラになっちゃったけど、元気でしょう」
さらに 「この爺さん、運が強いの。阪神淡路大震災の時、
天井まで飛ばされて、それでも無事。
飼い主さんとニューヨークの公園にいた時に、
あの、9.11に出遭ったのね?爺さん?」
あまりにも長生きで、年をとって、
一緒に連れて行かれないので、
ここで、余生を送ることになったんですって。

「あ、あ、あ、爺さん、チョコちゃん(これが本来の名前だそうだ)
いつまでもオシッコの上に立ってないでどきなさい」
ちょっとご免なさいねって、
先生爺さんのシートを慌てて取り替える。

余生をドクターのもとで送れるなんて、幸せな爺さん。
ピンポーン、チャイムが鳴って先生待合室に、、、。
はいわかってます。お預かりいたします。って先生の声。
両手の手のひらで、大事そうに何かを抱えた先生、
中身を覘いた。
生まれたばかりの丸裸、、?、皮膚が赤くなって、、、
耳ばかり大きな、小さい小さいワンちゃんが、
不安そうな目で私を見返した。

「悪いところはないのよ。
一人にしておけないので、お預かりするの。
爺さんと同い年の、お婆ちゃんなの」
奥のお部屋に大事そうに連れていった。

先生の顔が輝いて見えた。
「ご免なさいトラちゃん、待っちゃったわね」
「う、グー」
「体重ちょっと増えたかな。痩せなくちゃトラちゃん」耳が痛いよ。
「さ、トラちゃんお耳どうかな?」 「シャーッ」
「怒らないで見せてよ」 「シャー」
話しかけながら、どんどん治療は進んでいく。
内視鏡でお耳の奥の奥まで診て
「綺麗、綺麗、後一回診てオーケーにしましょ」「パーンチ」
「あら、トラちゃん、あと一回来てって云っただけでしょ」
診察は終わった。

ドアの奥の、爺さんと婆さんを思った。
「お大事にね」って声にならない声を掛けて、
トラちゃんと病院を出た。
トラ、お前、幸せだね、良い先生に出会えて、、、。
      
by funny-girly | 2006-07-01 12:04

水谷八重子 タワゴト

by funny-girly
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